入口までの道のりは遠い・・・・。。。
遺跡
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ダハシュール
《屈折ピラミッド》
●作った人:スネフェル王
●年代:古王国(第4王朝)
●本来の高さ:105m、現在の高さ:101m
右の写真は赤のピラミッドからみた写真です。
(今回はエジプト軍の基地の事情で、屈折ピラミッドのそばまで行けなかったのです。。
ということで、以下の写真はOsiris
Expressさんからお
借りしました。)
このピラミッドは当初、現在の屈折ピラミッドよりもずっと小さい、角度が約60度のピラミッドとして作られていたそうです。しかし、構造上の問題から、この小さなピラミッドを補強する必要が生じました。補強は小さなピラミッドを囲むことによって行われ、結果として、現在の屈折ピラミッドの下の部分(角度約54度)となったそうです。
なお、この変更が加えられた跡は、ピラミッド北側からの入口からはいった下降通路(入口から約12mのところ)でみることが出来るそうです。
しかし、この補強も必ずしも十分とはいえなかったため、ピラミッドへの負荷を少なくするため、途中から約44度の角度にしました。
この結果、下の部分の角度が約54度、上の部分の角度が約45度の現在の屈折ピラミッドとなったそうです。
上の説と関係するのかは、よく分かりませんが、ピラミッドの下の部分は内側に向けて石が詰まれています。一方、上の部分は水平に石が積まれています。 ↓この写真はOsiris
Expressさんからお 借りしました
左の図は、屈折ピラミッドの内部及びその周辺を描いた図
です。
このピラミッドの特徴には、途中で角度が変わること以外に、
入口が2つ(北側、西側)あり、それぞれの入口が別々の玄室に
つながっている(下の玄室には北側の入口から、上の玄室には
西側の入口からつながっている)ことも挙げられます。
さらにこれらの2つの玄室はつながっています。
二つの玄室の天井は重力軽減のために持ち送り積み方式が
とられています(メイドゥームの真正ピラミッド、赤のピラミッド、
クフ王のピラミッドでも持ち送り積み方式がとられています)。
また、上の方の玄室の天井には、補強のための杉の梁が
残っているそうです。上部玄室とそこに続く通路では、
ひび割れが発見されており、ピラミッド建設者達が石膏の
漆喰で補修した跡が発見されているらしいです。
この屈折ピラミッドの東側には礼拝堂がありました。礼拝堂の内部には、供物を表すヒエログリフの『ヘテプ』をかたどった
供物台があります。礼拝堂の後ろには2基の石碑が建っています。かつてはスネフェル王の名前が刻まれていたそうです。
本来、屈折ピラミッドは壁で囲まれていました。またピラミッドの北東からは参道が伸びており、河岸神殿までつながって
います。さらにピラミッドの南側には衛星ピラミッドがあります。衛星ピラミッドの内部の上昇通路はクフのピラミッドの
大回廊のデザインと似ているそうです。
屈折ピラミッドは化粧石がよく残っているピラミッドらしいので、次回は是非そばから見てみたいです。それにしても、
屈折ピラミッドの化粧石、下の部分(角度が急の方)が状態よく残っていて、上の方(角度がゆるい方)があまり残っていない
のはナゼだろう??
ちなみに、このピラミッドの礼拝堂からはスネフェル王のステラが発見されており、現在カイロ博物館でみることができます(
ココ)。
《赤のピラミッド》
●作った人:スネフェル王
●年代:古王国(第4王朝)
●本来の高さ:104m
そもそもは白い化粧石(石灰石)で覆われていたのですが、現在は
化粧石がはがれてしまい、赤っぽい色となっているため、
「赤のピラミッド」と言われています。
このピラミッドの基礎石にはスネフェル王の第15回目の家畜頭数調査が
あったことが書かれています(家畜調査は不定期に行われていため、
これはスネフェルの治世15年目から30年目のどこかをさしているそうです。)
ちなみに、メイドゥームの真正ピラミッドからは第13、18、23回目の家畜
頭数調査の日付が書かれた石が発見されているため、メイドゥームの
ピラミッドを真正にするのと、赤のピラミッドの建築は並行して行われて
いたと言えます。
赤のピラミッドの中はカメラの持ち込みが禁止のため、以下の写真(★がついている写真)は「Guardian's Egypt 」 さんからお借りしました。
右の図は赤のピラミッドの内部を示したものです。
入口は地上約29mのところにあります。この入口はピラミッドの中心から約3〜4mほど東側にあります。
このピラミッドには前室が2つ、玄室が1つあり、天井はいずれも重力軽減のために持ち送り積み方式がとられています。
(★)左の写真は赤のピラミッドの下降通路です。
傾斜約27度、長さ約63m。
これを腰をかがめながら降りるのは結構つらい。。
ましてや帰りに登るのはもっとつらい。。。。。
右は1つめの前室です。
天井は11段の持ち送り積み方式を採用。
天井が本当にキレイです。ささっと見学してしまうのではなく、じっくり×じっくり、ぐるぐるしてみてください。
写真右下の通路を通っていくと、2つめの前室にたどり着きます。
2つめの前室も同様のつくりですが、この2つめの前室はピラミッドの中心に位置しているという特徴があります。
2つめの前室にある、観光用につけられた階段を登っていくと玄室にたどり着きます。この玄室から男性の遺体が発見されましたが、スネフェル王のものかは未だ不明とのことです。
内部はアンモニア臭がきついです。。。なので訪問する際にはマスクをもって行くことをお勧めします。
(★)
化粧石も残っています。
ちょっと遠目に見る。
ピラミッドの東側には葬祭殿の跡が見られます。
また、そこにはエジプトで発見された最古のピラミディオン(キャップストーン)が置かれています
(展示されているのは復元されたものとのことです)。
なお、河岸神殿までつながる参道は作られなかった(単に発見されていないだけ??)ようです。
最後にこのピラミッドの特徴として、石が水平に積まれていることが挙げられます。
ピラミッドの内部だけでなく、ピラミッド周辺もぐるぐるしてみましょう!
《黒のピラミッド》
●作った人:アメンムハト3世
●年代:中王国(第12王朝)
●本来の高さ:70m
このピラミッドはアメンムハト3世の即位後すぐに建設が開始されたようですが、
部屋に亀裂が入ったために放棄されました。
アメンムハト3世はその後、ハワラにピラミッドを建設しています。
このピラミッドのキャップストーンは現在考古学博物館にて展示されています、
左の写真は赤のピラミッドの南側から撮った写真です。
このページを作成するにあたり、主として「図説ピラミッド大百科」「古代エジプト史料館」「The Ancient Egypt Site 」「Guardian's
Egypt」
を参考とさせていただきました。